「金長まんじゅう」との思い出大募集
思い出投稿記事のご紹介

「徳島のナンバー1おみやげといえば…大学時代人気者」
ニックネーム:きんたろうまま

金長饅頭との出会いは、小学生の頃。おばあちゃんの家に行ったとき、お仏壇にあった。何気に食べたチョコレート生地の美味しさにびっくり!おまんじゅうなのに、どこか洋風な感じがとても衝撃だったのを覚えています。そこから、そのチョコレート生地と白餡の絶妙さにはまり、大学時代岡山に行っていたのですが、帰省した際に大学の友達にも勧めたところ、やはり大好評だったのも今でもはっきり覚えています。そこから、帰省した時は必ず「金長饅頭お願い」とせがまれ私のお土産の定番となりました。いまでもふと食べたくなり自分用にコンビニで買ったりしています。これからも、かわらぬ美味しさを守り続けてほしいです。
あと、ハレルヤといえば…たぬきのケーキ。今も65歳の母が大ファンで母の誕生日はみんなで狸ケーキが定番です。息子4歳もその愛くるしいフォルムが大好きで、母と一緒に世代を超えて大ファンです。イチゴ味やいろんな家族が登場して楽しいですが、やはり我が家は定番のチョコレート味が人気です。





「もう1個たべたい!」
ニックネーム:S.T

私現在68才に成りますが金長まんじゅうの方が10年も先輩だと知って大変驚いています。
と、云うのも今の時代なら珍しいお菓子やケーキ等甘い物が溢れていますが私の幼少の頃は甘い物もそんなに口に出来なかった様な気がします。チョコレートだって混ざり物のチョコが出廻っていて、これは本チョコとか区別をしていました。だから金長まんじゅうなんてそんなに何回も食べた訳ではありませんが、口の中でとろける甘さ、少しほろ苦い皮とマッチして飽きの来ない、もう1個食べたい!!という感触だけは今でもハッキリ覚えています。「月に浮かれてポンポコポン」この歌も子供心に素晴らしい曲だと思い懐かしさが込みあげて来ます。
高校卒業と同時に和歌山に就職しましたが、小松島港から南海フェリーに乗る時は、何時も土産は竹輪と金長まんじゅう、これが定番。貰った方も非常に喜んでくれます。旨いまんじゅうやなァ。又、この金長まんじゅう頼んどかぁよと催促されます。お陰であれこれ迷う事なく買い物ができ楽させてもらいました。
これからも徳島の土産は金長まんじゅう。誰からも愛され喜んで貰える様にハレルヤ頑張れ!!と応援しています。





「たぬきばァちゃんと孫」
ニックネーム:みっちゃん

私は昭和23年生まれ(1948年)のねずみ年です。小学校低学年の物心ついた頃、母の兄さんになるおじさんがお節句、お祭、お正月とひょっこり現れる年には、世にも珍しく美味しい菓子折とおもちゃが運ばれてくるのです。その菓子折とはチョコレート味に白アンを包みこんだハレルヤの金長まんじゅうと言うほっぺたの落ちるおまんじゅうでした。田舎のまんじゅうと違い香りも味も洋菓子を食べているような味、口にふくむと柔らかい白アンが広がり幸せな気持ちで一杯になるのです。大人達は煮〆、魚をつまみながら私達子供はハレルヤの金長まんじゅうを囲み、ばん茶でふざけ合いながらの楽しい時間を過ごしました。たぬきに似たおじさんがハイカラな金長まんじゅうを運んでくれる天使に見えました。たぬきおじさんに可愛がられたねずみ娘も、今や孫2人の古ねずみとなったけど今はたぬきおじさんに変わり、私がたぬきばあちゃんになってせっせと孫の家に幸せ(金長まんじゅう)を運んでいます。
孫達はどんな思い出をいだいてくれるでしょうか。楽しみですね。





「金長まんじゅうさん、ありがとう」
ニックネーム:じゅんちゃん

大正9年誕生した母は長女として写真屋の娘に生まれたのです。妹とも器量良く幼い頃の写真の数は驚く程残っています。どれも今で言う子役のようなポーズで可愛い洋服でおめかしした母の子供時代さぞかし楽しかったでしょう。
そして大工だった父と見合結婚し私達3人を育て苦労した事と思いますが明るく朗らかだった母は1年の行事には手づくりの料理があれもこれもととのっており楽しみな1日でした。そんな母がいつも買ってくるのがハレルヤの金長まんじゅうなのです。チョコレートが大好きな母はおまんじゅうにもチョコレート味を…と私達に勧めてくれました。こんな美味しいおまんじゅうが一体どこで作られているのかと不思議に思いましたね。昭和30年〜40年代頃、こんな会社にもし生まれたら毎日食べられていいなあと羨ましく思ったしだいでした。月日が流れそんな母も老人施設でお世話になるようになり私が娘かどうかも分からなくなる時もありましたが、週に2〜3回食事時に金長まんじゅうを持って行くと、ニッコリ笑いながら美味しそうに食べる母の顔を見ていると私もうれしかったですね。母を幸せにしてくれた“金長まんじゅう”さん、ありがとう(平成5年〜15年頃)





「金長まんじゅうと祖母と古里徳島の味」
ニックネーム:コスモス

私が初めて金長まんじゅうを食べたのは幼稚園の頃です。
皮がしっとりしててほど良い甘さの白あんに、“こんな美味しいお菓子があったのか”とびっくりしたものです。
当時は金長まんじゅうは高価というイメージで、お客様の手土産でした。祖母と曽祖母、おじらと一緒に食べました。その祖母たちも他界し、今は里帰りした時はハレルヤに寄って金長まんじゅうを買って帰ります。今の金長まんじゅうは色々な種類も増えましたが当時は銀の紙に包まれた金長まんじゅうでした。まもなくして金長ゴールドが発売され、食べた時は一段と美味しく又ぜいたくな味にびっくりしました。
金長まんじゅうを食べると昭和30年代の徳島駅と徳島バス乗り場の近くにあったハレルヤのお店が思い浮かびます。又、楽しかった祖母たちと暮らした幼少時代を想い出します。
金長まんじゅうは私にとって古里と子供時代を思い出させてくれるなつかしい味なのです。




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